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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
04 第二部下
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 页
きく人もまたすこぶる満足したもののごとく、それを笑い楽しむような空気の中で、国学の権威もあったものではない。そのことがすでに彼には堪え忍べなかった。
二
「なんだか、ぼんやりした。あのお粂のことがあってから、おれもどうかしてしまった。はて、おれも路に迷ったかしらん……」
新生涯を開拓するために郷里の家を離れ、どうかして斎の道を踏みたいと思い立って来た半蔵は、またその途上にあって、早くもこんな考えを起こすようになった。
すこしく感ずるところがあって、常磐橋の役所も退くつもりだ。そのことを彼は多吉夫婦に話し、わびしい旅の日を左衛門町に送っていた。彼は神田明神の境内へ出かけて行って、そこの社殿の片すみにすわり、静粛な時を送って来ることを何よりの心やりとする。時に亭主多吉に誘われれば、名高い講釈師のかかるという両国の席亭の方へ一緒に足を向けることもある。そこへ新乗物町に住む医師の金丸恭順が訪ねて来た。恭順はやはり平田門人の一人である。同門の好みから、この人はなにくれとなく彼の相談相手になってくれる。その時、彼は過ぐる日のいきさつを恭順の前に持ち出し、実はこれこれでおもしろくなくて、役所へも出ずに引きこもっているが、本居翁の門人で斎藤彦麿のことを聞いたことがあるかと尋ねた。