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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
04 第二部下
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 页
あの行幸の当日、彼のささげた扇子があやまって御輦に触れたとは、なんとしても恐縮するほかはない。慕い奉る帝の御道筋をさまたげたことに対しても、彼は甘んじてその罰を受けねばならない。
「まったく、粗忽な挙動ではあった。」
彼の言いうることは、それだけだ。その時になって見ると、彼は郷里の家の方に留守居する自分の娘お粂を笑えなかった。過ぐる年の九月五日の夜、馬籠本陣の土蔵二階であの娘の自害を企てたことは、いまだに村のものの謎として残っている。父としての彼が今度のような事件を引き起こして見ると、おのれの内部にあふれて来た感動すら彼はそれを説き明かすことができない。
午後から、半蔵は宿のかみさんに自分の出先を断わって置いて、柳原の方にある床屋をさして髭剃りに出かけた。そこは多吉がひいきにする床屋で、老練な職人のいることを半蔵にも教えてくれたところである。多吉が親しくする俳諧友だちのいずれもは皆その床屋の定連である。柳床と言って、わざわざ芝の増上寺あたりから頭を剃らせに来る和尚もあるというほど、剃刀を持たせてはまず名人だと日ごろ多吉が半蔵にほめて聞かせるのも、そこに働いている亭主のことである。