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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
04 第二部下
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 页
ここはもはや両部神道の支配するところでもない。部屋の壁の上に昔ながらの注連縄なぞは飾ってあるが、御嶽山座王大権現とした床の間の軸は取り除かれて、御嶽三社を祀ったものがそれに掛けかわっている。
「青山さん、まあきょうは一日ゆっくりなすってください。お宮の方へ御案内すると言って、忰のやつもしたくしています。」
と禰宜も彼を見に来て言った。過ぐる文久三年、旧暦四月に、彼が父の病を祷るためここへ参籠にやって来た日のことは、山里の梅が香と共にまた彼の胸に帰って来た。あの時同伴した落合の勝重なぞはまだ前髪をとって、浅黄色の襦袢の襟のよく似合うほどの少年だった。
「あれからもう十一年にもなりますか。そうでしょうな、あの時青山さんにお清書なぞを見ていただいた忰がことし十八になりますもの。」
こんな話も出た。
やがて半蔵は身を浄め、笠草鞋などを宿に預けて置いて、禰宜の子息と連れだちながら里宮参詣の山道を踏んだ。
「これで春先の雉子の飛び出す時分、あの時分はこのお山もわるくありませんよ。」
十年の月日を置いて来て見ると、ほんの子供のように思われていた禰宜の子息が、もはやこんなことを半蔵に言って見せる若者だ。