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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
04 第二部下
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 页
しかし、すでに結納の品を取りかわし、箪笥、長持から、針箱の類まで取りそろえてお粂を待っていてくれるという先方の厚意に対しても、いったん親として約諾したことを破るという手紙は容易に書けなかった。せめて仲人のもとまでと思いながら、かねて吉辰良日として申し合わせのあった日に当たる九月二十二日が来ても、彼にはその手紙が書けない。月の末にも書けない。とうとう十月の半ばまで延引して、彼は書くべき断わり手紙の下書きまで用意しながら、いざとなると筆が進まなかった。
「拝啓。冷気相増し候ところ、皆々様おそろいますます御清適に渡らせられ、敬寿たてまつり候。陳れば、昨冬以来だんだん御懇情なし下されし娘粂儀、南殿村稲葉氏へ縁談御約諾申し上げ置き候ところ、図らずも心得違いにて去月五日土蔵二階にて自刃に及び、母妻ら早速見つけて押しとどめ、親類うち寄り種々申し諭し、医療を加え候ところ、四、五日は飲食も喉に下りかねよほどの難治に相見え申し候。幸い療養の効ありて、追い追いと快方におもむき、この節は食事も障りなく、疵は日に増し癒え候方に向かいたれども、気分いまだ平静に相成らざる容体にて、心配の至りに御座候。