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てんぐ

天狗

大坪 砂男

「宝石 七、八月合併号」岩谷書店、1948(昭和23)年8月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,545 字 · 19 页

青空文庫

に渓流を導いて温泉と称したところ。麓の町から正確な測定で十三・三KMある山奥の電灯さえひかれてない避暑地なのだった。

交通は不便なり、面白い物があるではなく、食事は三度味噌汁で、夜は石油ランプに影が暗い。こんな宿を選んで来るのは、某々大学教授の家族づれか、十一度乃至十三度低い気温にしのぎながら依頼された飜訳でも稼ごうと、つどうは何れもインテリの、星の隕ちるほど澄んだ高原の夏々に、常連の雰囲気もきまっていた。

喬子は別館の六号にただ独り喪服らしきものを着て鎮まりかえっては、朝夕の散歩に寄りつきにくいほどの素振で人目をひこうと、どうやら次の相手を物色していたらしい。それを、宿の愚夫愚婦はともかく、同宿のインテリ患者たちまでがちょっとポーズを作って見送りながら「思い出の土地で悲しみに浸っているのでしょう」と。

滑稽で聞いてはいられない。黒のデシンを裾長に着流したのは弥が上にも背を高く見せようと、夏だからと素足にはいたサンダルの隙からは真珠色にペディキュアーした爪先を覗かして、襟元をきっちり詰めたデザインは却って胸のふくらみを大切そうに、それが肩で襞をとった袖は、短かく二の腕の中程でとまると、そこから先の線は露わにすらりと白く、黒の諧調に自信を見せたは、笑うべし。