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たじゅうとそのいぬ

太十と其犬

長塚 節

「ホトトギス」1910(明治43)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,769 字 · 32 页

青空文庫

日はまだ非常に暑かった。怖る怖る首を擡げた蜀黍の穂がすぐに日に焼けた鳶色に変じ出した。太十は番小屋の穢い蚊帳へ裸でもぐった。西の空に見えた夕月がだんだん大きくなって東の空から蜀黍の垣根に出るようになって畑の西瓜もぐっと蔓を突きあげてどっしりと黄色な臀を据えた。西瓜は指で弾けば濁声を発するようになった。彼はそれを遠い市場に切り出した。昼間は壻の文造に番をさせて自分は天秤を担いで出た。後には馬を曳いて出た。文造はもう四十になった。太十は決して悪人ではないけれどいつも文造を頭ごなしにして居る。昼間のような月が照ってやがて旧暦の盆が来た。太十はいつも番小屋に寝た。赤も屹度番小屋の蔭に脚を投げ出して居た。

或日太十は赤がけたたましく吠えたのを聞いて午睡から醒めた。犬は其あとは吠えなかった。太十はいつでも犬に就いて注意を懈らない。彼はすぐに番小屋を出た。蜀黍の垣根の側に手拭を頬かぶりにした容子の悪い男がのっそりと立って居る。それは犬殺しで帯へ挿した棍棒を今抜こうとする瞬間であった。人なつこい犬は投げられた煎餅に尾を振りながら犬殺しの足もとに近づいて居たのである。