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たじゅうとそのいぬ
太十と其犬
長塚 節
「ホトトギス」1910(明治43)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,769 字 · 32 页
遠くの方で犬の吠えるのが聞える。それがひどく彼の耳を刺戟する。そうかと思うと蜀黍の垣根の蔭に棍棒へ手を挂けて立って居る犬殺がまざまざと目に見える。彼は相の悪い犬殺しが釣した蓆の間から覗くように思われて戦慄した。彼は目を開いた。柱に懸けたともし灯が薄らに光って居る。彼は風を厭うともし灯を若木の桐の大きな葉で包んだ。カンテラの光が透して桐の葉は凄い程青く見えて居る。其の青い中にぽっちりと見えるカンテラの焔が微かに動き乍ら蚊帳を覗て居る。ともし灯を慕うて桐の葉にとまった轡虫が髭を動かしながらがじゃがじゃがと太十の心を乱した。太十は煙草を吸おうと思って蚊帳の中に起きた。蜀黍が少しがさがさと鳴るように聞えた。太十は蚊帳を透して見た。其時月はすべてが熟睡した頃とこっそり姿を現わしかけて居た。畑がほのかに明るくなりかけた。太十は動くものを認めた。彼の怒は彼の全心を掩うた。彼は後の方からそっと蚊帳を出た。尚前方を注視しつつ草履を穿くだけの余裕が其時彼の心に存在した。彼は蓆を押して外へ出た。棍棒が彼の足に触れた。彼はすぐにそれを手にした。そうしていきなり盗人に迫った。