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おくのうみ
奥の海
久生 十蘭
「別冊週刊朝日」1956(昭和31)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,005 字 · 26 页
江戸の外は、えらいことになっているといううわさだったが、これほどとは思わなかった。江戸の北の口でさえ、こんな騒ぎをしているのでは、陸奥のようすが思われる。
江戸の千住から、津軽の三厩まで、百八十里、百十四次の長い道中だが、街道には物取りや夜盗、飢えて気が狂った人間がひしめきあっているのだろうから、どんなおさまりになるか、想像もつかない。無事に津軽の果てに行き着いても、三厩のあたり、としか聞いていないので、知嘉姫にめぐりあえるのかどうか、それさえも不明である。
千住を出離れたが、いよいよ数は増すばかり、難民の群れは奥州街道を埋めつくす勢いで、草加の近くまで切れ目もなくつづき、新宿、品川のお救小屋をあてにし、道端に足を投げだして待っている。越ヶ谷、粕壁を通って、その日は杉戸で泊った。
翌朝、幸手から栗橋にかかり、渡舟の上からながめると、両岸は眼のとどくかぎり掘りかえされて赤土原になり、一点、青いものも眼に入らない。凶作地の上の空は、鳥も飛ばぬのか、森閑として物音もない。
土手の松はみな樹皮を剥がれて裸になり、なにを探すのか、遠い野面に、二、三人ずつ組みになって、かげろうのようにふらふらしている。