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おううほくぶのせっきじだいぶんかにおけるこだいシナぶんかのえいきょうについて
奥羽北部の石器時代文化における古代シナ文化の影響について
喜田 貞吉
「民族 第二巻第二号」1927(昭和2)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,885 字 · 20 页
これをいずれにしても、その出発点が沿海州方面であることは、漢魏時代の倭人の交通がシナ本土、もしくは楽浪・帯方の諸郡であり、銅鐸文化の秦人の渡来が、おそらく秦韓地方から行われたと推測さるるのに相対して、きわめて興味深き問題であらねばならぬ。それはただに地理的関係から然か考えられるばかりでなく、内反り石刀の奥羽地方に多いことからも想像せられるのである。シナにおいて内反銅刀の行われたのは、おそらく北部地方に限られたものではないかと思われる。もちろんこれに対する考古学的研究の不十分なる今日において、これを断言せんは乱暴もまたはなはだしいとの譏りを免れなかろうけれども、内反りの刀貨が斉・趙・燕等の北部地方に限られ、その原型と思われる環頭内反りの銅製小刀子が、シベリアンナイフと言わるるまでに多く北部地方に発見せられるようであることから、その地理的関係と相俟って、まずもって北方文化の伝来説を可能ならしめるの条件はある。ことにシナ文化の古く沿海州方面にも伝わったであろうことは、わが大和や長門で、銅鐸や銅剣と共存して発見せられた、先秦時代の型式と思われる鏡鑑が、朝鮮の慶州や、この沿海州のニコリスク方面からも発見せられた事実によっても知ることが出来る。