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こうじんぶつ

好人物

佐々木 邦

「婦人画報」1925(大正14)年5月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 52,609 字 · 107 页

青空文庫

子供のない家庭

子供のない家庭

「安子や、一寸見ておくれ」

と千吉君は家へ帰って和服に着替えると直ぐに細君を呼んだ。出入り送り迎えは欠かさないが、着替えの手伝いまでしてくれる時代はもう疾うに過ぎ去っている。結婚して六七年になれば細君も良人を理解する。この人ならこれぐらいで沢山と略※(二の字点、1-2-22)見当がついて、待遇が自ら定って来る。但し粗末にするという意味では決してない。自分の都合の好い折丈け勤めて置く。気の向いた時には特に念を入れて、

「まあ、ひどい埃だこと!」

なぞと、大袈裟な表情諸共、帽子にブラシをかけて渡すことさえある。良人はその間玄関に待たされていても苦情に思わない。矢張り安子はよく気がつく、と一寸の間でも新婚当時の心持に戻る。細君の側に於ても、これ丈けのことをして置けば、まさかの場合に言う丈けのことが言える。

「おい、安子、刺が立ったんだよ」

と千吉君は再び呼んだ。

「はい、唯今」

と細君は台所から出て来て、

「何うかなさいましたの?」

「指に刺を通したんだよ。この爪の間に見えるだろう?」

と千吉君は右の手の中指を突き出して、

「馬鹿を見た、一寸電信柱へ触ったばかりに」