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こうじんぶつ

好人物

佐々木 邦

「婦人画報」1925(大正14)年5月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 52,609 字 · 107 页

青空文庫

土地道楽

「痛いよ」

「御返辞をなさいよ」

と安子さんは抓り仕舞いとして渾身の力を指先に込めた。

千吉君はこれに懲りて、規定の稽古日以外は他へ廻らないようになった。素より家が厭やではなし、早く帰って来ればそれ丈け身体も楽だから、自分としては満足だったが、調法がる友達が捨てゝ置かなかった。内藤君は始終護身用として引っ張り出す。碁の先生方も毎週臨時会を催して誘いをかける。相変らず評判が好い。安子夫人も分らず屋ではない。必要な交際を認めている証拠には、画会も碁会も家で開いた。

「この頃はあなたが規則正しくして下さるから家の能率が上りますよ」

とさえ言っていた。問題になった橋口君の謡曲は丁度そこへ持ち込んだのである。

土地道楽

橋口君の謡曲は然う古いものではない。竹生島を一番上げた時大地震が来たというから、未だ三年にはなっていない筈だ。しかし千吉君は勧められ始めてから随分長いことのように記憶している。芸ごとの中で謡曲ほど直ぐに天狗になるものはない。碁将棋と違って勝ち負けがないから巧い拙いが覿面に分らない。これは義太夫にしても長唄にしても然うだろうが、謡曲は鳴物に合せない丈け殊に主観的になり易い。