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こうじんぶつ

好人物

豊島 与志雄

「読売評論」1950(昭和25)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,567 字 · 21 页

青空文庫

そしていつも微笑してるような眼眸である。その様子を見ていると、どうしたことか、わたしは苛ら立ってくるのだ。仕返しをしてやりたい。わたしへの無関心というか無反応というか、それの仕返しをしてやりたい。

わたしはあの人を憎み始めたのかも知れない。罠におとすことを考えたのである。それとも、最後にも一度あの人をためしたかったのであろうか。

あの人は菊ちゃんに帯地を一巻くれた。わたしに内緒のつもりではあるまいが、わたしのいないところでくれたのである。御所車の美しい刺繍のある立派なものだ。それを見てわたしは、あの人がわたしには嘗て何一つ買ってくれたことのないのを、思い浮べた。もしあの人が菊ちゃんに多少の好意を持ってるとしたら、何より好都合だ。

菊ちゃんはまだ二十にもならない小娘だが、酒場に働いてるだけに、相当物分りはよい筈だ。わたしは菊ちゃんに策略をさずけた。

来月の一日から一週間ばかり、わたしは田舎に行く用事が出来て、店は休業とする。菊ちゃんも隙になるし、まだ熱海に行ったことがないから、二日から一二泊の予定で、高木さんに連れて行って貰う。――そういうことを、わたしに内緒で、高木さんに頼んでみるのである。