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さいのひみつばこ
妻の秘密筥
佐々木 邦
「現代」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,212 字 · 25 页
家庭の温みも察している。女の情愛も知っている。こう見えても、根っからの木強漢じゃないんだ」
と広瀬君は前置をした。
「感心々々。これは話せる」
この度は僕が相手になった。心の問題は小説家の領分だ……。
「高等学校の生徒時代に隣家の惣領娘と恋に陥った。此方は二十一、先方は二十三さ。子供の時から見知り越しだった。僕が入学試験に落第した時、『誠さん、一遍の失敗で力を落しちゃ駄目よ』と姉のように激励してくれた関係がある。二年生の夏休みに帰郷して、或晩螢狩で一緒になったのが切っかけさ、『誠さん、私、あなたのことは忘れませんのよ』『僕も』というような会話があって、手を引き合って帰って来たと思ってくれ給え」
「思ってやるとも」
「螢狩だ。朝顔日記宿屋の段、以来僕は『一年宇治の螢狩に、焦がれ初めたる恋人と』というところを聴くと、涙滂沱たるものがある」
「美人かい? 相手は」
「君達の奥さんぐらいのものだ」
「謙遜したね」
「漸く十人並さ」
「おや/\」
「しかし以来その人以外の女性は絶対に美人に見えないから不思議なものだろう。人間は一遍しか恋を為し得ないという諺が西洋にある。恋は痲疹なりとも言う。