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いえ
家
島崎 藤村
01 (上)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,748 字 · 254 页
最早節句の栄螺を積んだ船が下田の方から通って来る時節である。遠い山国とはまるで気候が違っていた。お種は旅で伊豆の春に逢うかと思うと、夫に別れてから以来の事を今更のように考えてみて、海岸の砂の上へ倒れかかりそうな眩暈心地に成った。
「母親さん、母親さん、すっかり御病気を癒して来て下さいよ。私は東京の方で御待ち申しますよ……真実に、母親さんの側に居て進げたいんですけれど」
と言って、嫁は艀の方へ急いだ。
お種は林の隠居、細君と共に、豊世を乗せた汽船の方を望みながら立っていた。別離を告げて出て行くような汽笛の音は港の空に高く響き渡った。お種の眼前には、青い、明るい海だけ残った。
宿へ戻って、復たお種は自分一人を部屋の内に見出した。竹翁の昔より続いた橋本の家が一夜のうちに基礎からして動揺いて来たことや、子がそれを壊さずに親が壊そうとしたことや、何時の間にか自分までこの世に最も頼りのすくない女の仲間入をしかけていることなどは、全くお種の思いもよらないことばかりで有った。
豊世は行って了った。午後に、お種は折れ曲った階段を降りて、湯槽の中へ疲れた身を投入れた。