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からすうりのはなとが

寺田寅彦随筆集 第三巻

寺田 寅彦

寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第三巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:からすうりの花と蛾、火山の名について、日常身辺の物理的諸問題、量的と質的と統計的と、物理学圏外の物理的現象、ロプ・ノールその他、青衣童女像、カメラをさげて、連句雑俎、ラジオ・モンタージュ、青磁のモンタージュ、読書の今昔、映画の世界像、「手首」の問題、映画雑感(Ⅰ)、生ける人形、映画芸術、音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」、俳諧の本質的概論、夏目漱石先生の追憶、田丸先生の追憶。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 213,804 字 · 425 页

青空文庫

これを認めるにはとらわれぬ心が必要である。たとえば仏教思想の表面的な姿にのみとらわれた凡庸の歌人は、花の散るのを見ては常套的の無常を感じて平凡なる歌を詠んだに過ぎないであろうが、それは決してさびしおりではない。芭蕉のさびしおりは、もっと深いところに進入しているのである。たとえば、黙々相対して花を守る老翁の「心の色」にさびを感じ、秋風にからびた十団子の「心の姿」にしおりを感じたのは畢竟曇らぬ自分自身の目で凡人以上の深さに観照を進めた結果おのずから感得したものである。このほかには言い現わす方法のない、ただ発句によってのみ現わしうるものをそのままに発句にしたのである。

寂びしおりを理想とするということは、おそらく芭蕉以前かなり遠い過去にさかのぼることができるであろうということは、連歌に関する心敬の言葉からも判読される。「余情」や「面影」を尊び「いわぬところに心をかけ」、「ひえさびたる趣」を愛したのであるが、それらの古人の理想を十二分に実現した最初の人が芭蕉であったのである。

さび、しおり、おもかげ、余情等種々な符号で現わされたものはすべて対象の表層における識閾よりも以下に潜在する真実の相貌であって、しかも、それは散文的な言葉では言い現わすことができなくてほんとうの純粋の意味での詩によってのみ現わされうるもので