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ちいさきなにも

小さき花にも

豊島 与志雄

「光」1948(昭和23)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,115 字 · 21 页

青空文庫

なぜなら、はじめから手塚さんは童貞でなかったし、姉さんは処女でなかった。

私は処女なのだ。ヴァージニティーの矜りを持っているのだ。

あの前の日も、ばかなことがあった。

私が勤めているのは、或る出版社で、おもに私は校正をやっている。たいていの人は校正の仕事を厭うのだが、私は好きだ。印刷されてる文字を一つ一つ辿って、誤字を直してゆくのは、のんびりしていてよい。文字にはそれぞれ表情があって、怒ったり悲しんだり笑ったりしている。思ったほど単調な仕事じゃない。その代り、私の校正は甚だゆっくりだし、きたない原稿と照合することを怠って、意味さえ通ずれば一句ぐらい落すことも平気だから、編輯の人からよく叱られる。のろまで無能だということになっている。

そののろまで無能な私も、時には、雑誌の方の原稿の催促にやらされる。この方は、校正よりもっと責任が軽い。編輯者が約束してきた原稿を、期日間際になって、注意喚起の意味で催促に行くのだから、ただ機械的な挨拶ですむ。

そういう用を、午後に言いつかった。帰りは会社に寄らずに真直に帰宅してよいのだ。

午後の陽がだいぶ傾いた頃、その作家のところへ行った。