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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

と云って、もう一つ、ほんとうに前のよりはずっと長いのを授けてくれたが、それは「我念ふ所の人あり」と云う「夜雨」の詩であった。―――

我念ふ所の人あり

隔たりて遠き/\郷にあり

我感ずる所の事あり

結ぼれて深き/\膓にあり

郷は遠くして去くことを得ざれども

日として瞻ぎ望まざることなし

膓は深くして解くことを得ざれども

夕として思ひ量らざることなし

況んや此の残燈の夜に

独り宿りて空堂にあるをや

秋の天殊に未だ暁けず

風と雨と正に蒼々

頭陀の法を学ばざれば

前よりの心安んぞ忘る可けん

此の終りの句の、「頭陀の法を学ばざれば、前よりの心安んぞ忘る可けん」と云う言葉を、父はやゝもすれば独語のように詠じていたが、それから間もなく佛道に心を傾けるようになったのは、恐らく此の句などに影響されたせいであろう。なお滋幹は、何と云う題の詩か不明であるが、「夜深うして方に独り臥したり、誰が為めにか塵の牀を払はん」「形羸れて朝餐の減ずるを覚ゆ、睡り少うして偏へに夜漏の長きを知る」「二毛暁に落ちて頭を梳ること懶し、両眼春昏くして薬を点ずること頻りなり」「須く酒を傾けて膓に入るべし、酔うて倒るゝも亦何ぞ妨げん」