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しょうしょうしげもとのはは
少将滋幹の母
谷崎 潤一郎
「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页
滋幹は、
「うん」
と頷いて見せてから、
「お父さまのなさることが心配だったものですから、………」
と、言訳のつもりで附け加えた。
「和子はわしが気が狂ったとでも思ったのだね」
父は可笑しがるような口元をして、はっ、はっ、と力なく笑ったようではあったが、その声はあまり微かなので聞き取れなかった。
「和子ばかりではない、皆がそう云う風に思っているようだね。………しかしわしは気狂いではないのだよ。わしのしていることには訳があるのだ。和子が安心するように、その訳を聞かして上げてもよいのだが、………どうだな、聞いてくれるかな。………」
そう云って、父はそれから館へ帰る途々、滋幹と並んで歩きながら次のようなことを語って聞かしたのであった。当時の滋幹には勿論それの大要だけでも会得出来よう筈はなかったので、彼が日記に書き留めているのは、父の語った言葉そのまゝではなくて、後年、大人になってからの彼の解釈が加わっているものなのであって、それは要するに、佛家が云うところの不浄観のことであるが、筆者も佛教の教理には暗いので、誤りを冒すことなく伝え得るかどうか覚束ない。筆者は此のことで、日頃眷顧を蒙っている天台宗の某碩学などにも尋ね、参考書なども貸して戴いたのであるが、調べ出すといよ/\深奥で分りにくゝなるばかりである。