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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

尤もこゝではそんなに深く説き及ぶ迄もないのであるから、たゞ順序として、物語の進行に必要な面にだけ触れて置こう。

不浄観のことが分り易い仮名交り文で書いてある書物は、他にもあるかも知れないが、筆者が知っているのでは、世に慈鎮和尚の著とも云い、又勝月房慶政上人の著とも云う「閑居の友」がある。此の書は往生伝や発心集に洩れている往生発心者の伝記、名僧智識の逸話等を集録したもので、その巻の上の、「あやしの僧の宮づかひのひまに不浄観をこらす事」、「あやしのをとこ野はらにてかばねを見て心をおこす事」、「からはしかはらの女のかばねの事」、その巻の下の、「宮ばらの女房の不浄のすがたを見する事」等を読めば、不浄観と云うのがどう云うことか大凡その見当はつくのである。

今、同書に拠って一例を挙げると、こゝにこんな話がある。―――

昔、比叡山の或る上人のもとに召使われている中間僧があった。僧とは云うが寺男のような者で、上人に仕えていろ/\な雑用を勤めるのであったが、平素主人を大切にして、云いつけたことは一事をも違えず、まことに忠実な性質だったので、上人も少からず信頼していた。かくて月日を送るうちに、此の男が毎日夕刻になると何処かへ行って見えなくなり、明くる朝早く帰って来るようになった。