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しょうしょうしげもとのはは
少将滋幹の母
谷崎 潤一郎
「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页
今迄にしても念が入り過ぎていたけれども、今日のは餘程不思議である。折角こゝまで事が運んで、今日と云う今日は日頃の恋が成就しそうであったのに、―――現に今しがた、あのひやゝかな髪を撫で、あの柔かな頬をさすった感触が、まだ手のひらに残っているのに、―――今一歩のところで取り逃がすとは。―――一旦はたしかに握った珠が指の間からズリ落ちたとは。―――そう思うと平中は口惜し涙さえ溢れて来た。今考えれば、さっき女が立って行った時に、自分も附いて行くべきであった。もう大丈夫と気を許したのが悪かったのだ。大方女は、男にどれほどの熱意があるかを試してみようとしたのであろう。男が心から今夜の逢う瀬に感激しているなら、片時も女の側を離れまいとするのが当り前である。それだのに女をひとり行かして、自分は寝て待っているなんて、その料簡が気に入らない。此方が少し情を示すと、直ぐそんな風に附け上るのでは、まだ/\懲らしめてやらねばならない。憚りながらあたし程のものを恋人に持とうと云うのには、もっと/\忍耐が必要ですよ、と、女はそう云っているのかも知れない。………
並々ならずひねくれている女の性質から推して、とても戻って来る筈がないことは分っていながら、なお平中は未練がましく襖の際に耳を澄まして隣室のけはいを窺ったりした。