轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

あった。

その翌日から国経の邸は俄に活気づき、大勢の人夫共が出入りし始めた。もう正月に餘日もないので、大切な客人を迎えるために急いで工匠や園丁を雇い、殿舎の修繕や林泉の手入れにかゝつたのである。家の中では板の間や柱をつや/\と拭き込み、畳建具を新しく調え、屏風や几帳を動かして座敷の模様がえをする。家司や老女などが指図をしつゝ、あゝでもない、こうでもないと、一つ調度を何回となく彼方へ持って行かしたり、此方へ持って来させたりしている。前栽では樹木を掘り起し、池の水を堰き止め、築山の一部を崩しなどしているが、此処では国経が自ら庭に下り立って、木や石の布置をいろ/\に工夫して見たりしている。国経にして見ればまことに一世一代の面目で、老後に花を咲かせるのであるから、此の支度のためにどれ程の人力と財力とを傾けても惜しくはなかった。

左大臣家からは正月の二日に前触れがあって、明くる三日に、きらびやかな車や騎馬の列が大納言の邸へ乗り入れた。餘り仰々しくならないように、供の人数なども目立たぬ程にして参る、と云うことであったけれども、右大将定国、式部大輔菅根などゝ云った人々、―――いつも時平の腰巾着を勤める末社どもの顔ぶれを始め、殿上人や上達部が猶相当に扈従していて、平中も亦その中に加わっていた。