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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

って来るのを覚えた。そして時平が簾中に闖入した時は、座に堪えられず慌てゝ席を外したのであったが、やがてその人が車に乗せられて連れて行かれようとするけはいに、又じっとしていられないで、車の際へ走り寄って、夢中であの歌を投げ込んだのであった。

その夜平中は、再び警固の人数に加わって車の跡に附き随い、左大臣の邸まで供をして行って、そこからひとりとぼ/\と深夜の街を家路に就いたが、その途々も、一歩は一歩毎に恋しさが増して行った。行列が本院の館に着いて、その人が車から下りる時に、せめて一と眼逢えもしようかと願っていたのに、とう/\その望みも空しく終り、もはや永久に隔絶し去ったことを思うと、更にその人を愛惜する念が燃え上って来るのであった。自分はあの人をまだこんなにも恋していたのか、あの人へ寄せる熱情が、どうしてこんなにも消えずにいたのかと、彼は自分を訝しまずにはいられなかったが、蓋し平中の思慕の情は、夫人が彼の及び難い高根の花になったと云う事実に依って、挑発されたところもあろう。つまり夫人が老大納言の北の方であるうちは、いつでも自分の欲する時に撚りを戻すことが出来たのに、今やそのことが不可能になったので、そのための口惜しさが重な原因であつたのだと、云えなくもあるまい。