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あきかぜとはは

尾崎士郎短篇集

尾崎 士郎

尾崎士郎『尾崎士郎短篇集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:秋風と母、運命について、河鹿、菎蒻、三等郵便局、十三夜、鶺鴒の巣、滝について、叛骨・中野正剛、蜜柑の皮。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 108,032 字 · 216 页

青空文庫

だが、それはほんの数分間に過ぎなかった。彼は急に何時ものように憂鬱になってむっつりと唇を噤み、深い瞑想に沈むように黙って首をうなだれてしまった。こういうとき、私の心は焦燥に駆られ、烈しい憤りが燃えあがってくるのであった。何故かといって私は何時の間にか彼の憂鬱に調子を合せ、彼と自分とが全く同じものだという一つの観念に脅かされなければならなかったから。

彼はうつむいたまま低い声で言った。

「実は無理なお願いにあがったんですが」

「何ですか?」

私はその言葉を弾き返すように言った。

「今日、実は競馬があるんですが。私はもう着てゆく洋服が無いんです。それで――まことに申訳ないんですが、一日だけ、どうかあなたの洋服を拝借願えないでしょうか?」

彼の声は妙に顫えていた。

「いや、それは、そんなことならば、どうぞ――」

私はどきまぎしながら言った。しかし、彼がいそいそと私の部屋から、たった一着の私の洋服と外套とを運び去ったあとで私は妙な不安に襲われた。その不安は暫らくたって彼の靴音が階段の下へ消えてゆくとともに非常な速さでふくれあがってきた。若し、彼がこのまま帰って来ないようなことがあったら? いや、それはあり得べきことだ。