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あきかぜとはは
尾崎士郎短篇集
尾崎 士郎
尾崎士郎『尾崎士郎短篇集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:秋風と母、運命について、河鹿、菎蒻、三等郵便局、十三夜、鶺鴒の巣、滝について、叛骨・中野正剛、蜜柑の皮。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 108,032 字 · 216 页
月のない夜で、雨気をふくんだ夜風がうすらつめたく、遠いもののかたちは闇にとざされて見えなかったが、立っているうちに百合の顔がぼうっとうかんでくると落ちついた生活の表層が急に波立つような不安が湧いてきた。好きだというほど積極的なかんじでもなかったのが、ふとした動機で肉体の関係が生じてから伍一は、此処で踏み止まろう、いや此処で、いよいよ此処で、――と自分に言いきかせているうちにずるずると手繰りよせられてもはや退っぴきならぬところまで来てしまったのであった。そう言えば女のことだけではなく、今は覚悟もなければ決心もない、唯、ぬらりくらりとした感情の動きが知らぬ間に彼の生活の実体をつくりあげてしまっていた。危険に身をさらして立とうとする情熱が前にはすぐうしろにある過去の回想の中から足並早くちかづいてきて、絶えず挑みかかる幻影を払いのけることさえなかなか困難であったのに、今はあとを振りかえることも億劫なほど青春は遠くうす濁った影によって掩いかくされてしまっているのだ。絶望もなければ哀傷さえもなく、生きている事実を事実として眺めようとする気もちが、どのような危険に対しても巧みに身を躱すことによって彼自身を思いがけなくも大胆な無感動な人間につくり変えてしまっているのである。