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やまだちもんどう

山だち問答

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,163 字 · 32 页

青空文庫

二

二

玄一郎はそれなりその日の事を忘れた。小雪という娘のことも、侍女に貸してやった羽折のことも、……それというのが間もなく彼に縁談が始まったし、書院番から馬廻り扈従に役替えになったりして、なにやかや身辺が忙しくなったからである。縁談の相手は槍奉行を勤めている佐田権太夫の女で、権太夫が自分から玄一郎をみこんでの話だった。仲人には老職の大高半左衛門が立つことになっていた。郡の家がらにすれば破格のことである。はじめ玄一郎は躊躇した、彼はごく平凡な人間でとりたてて是れという能才もない、「おれのとりえはただ出しゃばらないのと口数の少ないことだけだ」自分でそう信じているくらいだった。然し世間は妙なもので、あまり口数もきかず、必要でない限りいつもしんと自分の座を守っている彼の挙措をたいへん高く評価し始めた。或るとき誰かが「郡は人物だ」と云った、それが人々の眼をいっせいに彼へ集め、「なるほど郡にはなにかがある」と頷かせた、そんな程度だろうと玄一郎は推察している。書院番のときにもいつかしら肝入役に推されていたし、馬廻り扈従に擢かれたのも番がしらが眼をつけたからだった、そして槍奉行の女との結婚には老職が仲人に立つという、もちろん式だけの役ではあろうが、――然しこれはかなり不相応だ、彼はそう考えた。