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かわなみ
川波
久生 十蘭
「別冊文藝春秋 第五十一号」1956(昭和31)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,022 字 · 18 页
「うまいところへ来あわせたわ」
などと調子をあわせているが、このほうも眼の色にただならぬものがひそみ、どう見ても尋常ではなかった。
帰るはずのない豊川が東京にいるのも、不縁になったとも聞かない倫子が、ずるずると実家に居据っているのも、なるほど、こういうわけだったのかと勘ぐりかけたが、豊川の同族の娘たちは、系図を辿れば、みな又従兄妹くらいにあたり、とりわけ倫子とは血の関係が濃く、およそめんどうな波風をおこす心配のない間柄であるうえに、豊川の父は心にそまぬ同族結婚をし、氷のように冷やかな夫婦関係をつづけながら、死ぬまで内婚制度を呪っていたという事情がある。久慈周平は倫子を豊川におしつけたい気があり、いちどそういう話をしかけたが、豊川は、「おやじの血が騒ぐから」と膠もなくはねつけ、倫子のほうも、てんで問題にしなかったというような噂も聞いた記憶があった。
倫子は豊川のほうへ顔を寄せて、リヴァプールへ着くまでに、戦争がはじまるようなことがないだろうかと聞いている。豊川は気のない調子で、
「五十日や六十日の間に、情勢が変るようなことは考えられない」とこたえると、倫子はそれで安心したようなようすになった。