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ていぎんじけんをろんず

帝銀事件を論ず

坂口 安吾

「中央公論 第六三年第三号」1948(昭和23)年3月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,227 字 · 15 页

青空文庫

かかる場合に、われわれは、罪を政治にぬりはせず、人間の宿命のせつなさに思いを寄せ、無限の愛を寄せ、せめても、その愛によって、高まりたいとこい希うものである。

しかし、政治家は、文学の徒とは違う。文学の徒は、犯罪を人間の宿命によせ、愛によって高まることを方法とするが、政治は人間の原罪に関するものでなくて、現実の、そして万人に公平に課せられた配給的なものである。単なる米ミソの配給にかぎらず、大体に、制度というものは配給的なものなのである。

文学の徒は、犯罪を宿命に寄せ、政治などに罪をぬりつけはしないけれども、政治家は、政治の罪を自覚しなければならぬ。犯罪の中に政治の貧困を自覚しなければならない。その謙虚にして誠実な自覚があって、初めて政治というものに向上を期待し、われわれの生活をゆだねうるのである。

政治家に、人間の自覚が欠けているのだ。政策もむろん欠けている。しかし、なによりも、人間の自覚が完全に欠如している。首相が行い正しいクリスチャンであるとか、品行方正であるとか、そんなことは、とるに足らぬ。品行不良でもかまわないから、人間とはいかなるものか、自分とはいかなる人間か、人間の宿命の悲痛さを、深く誠実に思い知り、罪の悲しさを知らねばならぬ。