轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

あきばしょから

平野零児随想集 らいちゃん

平野 零児

平野零児『平野零児随想集 らいちゃん』。同一底本的分册已合并为一书。收入:秋場所から、寡作流行作家、芸術は短く貧乏は長し、丹波篠山、百まで踊る下中翁、無情な今年の二月、雪解けにすべった丁玲女史、吉川さんの声と眼。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,838 字 · 48 页

青空文庫

全く、雀百まで踊り忘れぬ翁だった。果して陶工弥三郎なんぞで納まれる人ではなかったのだ。

同郷の先輩として、私は一体いつ頃から、翁に接近したのかハッキリ記憶がないが、多分、円本の大衆文学全集を出された頃から、故直木三十五、三上於菟吉、翁の死まもなく、これまた故人となった村松梢風などを通じて知り、郷友としては岡田政一、松山幸逸君等を通じて近しくして頂いたと思う。

時々前記の小グループが、集って会食するようになったのは、世は非常時の、何となく険わしい時代で、二、二六事件の前頃(昭和十一年)九段下の円六という料理屋で、おかみか、女中が義太夫を弾き語りしたりする、少壮軍人達がよく行く家だった。それが最初の会であったと思う。その後諸所で集まったが、いつも会費ということになっていても、結局翁の御馳走になってしまった。

その頃のこと、何処かで集って、例によっていろんな雑談が始まった時、翁は当時の時局に対する意見を、屡々故近衛文麿に与え、「ゆうべも、電話でいってやった」といわれた。下中翁はその昔は、社会大衆党にも関係があったようだし、今日の日教組の母体ともいうべき啓明会の創立者であったり、日本最初のメーデーの発起者であったり、政治活動もされた新興分子であったが、それは職業的政治家としての野心からでなく、主として教育家として