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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

「中央公論」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页

青空文庫

然しその様子は、殆んど望みのないことを語っていた。

もはや時期の問題だ!

然しその底から、絶望的な反抗の気勢が、順造の胸に時々湧き立った。俺がついてる間は死なせない、そう心に誓った。そして彼は出来るだけ病室から去らなかった。少しでも彼女の側を離れると、云い知れぬ不安に駆られた。夜もその室に寝ることとした。

宿に行って荷物を取って来たい、そして一晩泊ってきたい、と竜子が申し出た時、順造は怒鳴りつけるような調子で云った。

「君は帰ってくるんですか、来ないんですか。」

竜子は呆れたように彼の顔を見返した。

「はっきりしとかないと、僕は非常に困るんだから。」

「では、」と竜子は暫くして云った。「荷物だけ持ってすぐに帰って参ります。」

「ああそうし給い。俥で行ったらじきだろう。」

竜子が出て行った後で、ねんねこにくるまった順一を抱いて、離れの室の中を歩き廻ってるうちに、彼はふと先刻の竜子との応対を思い出して、我ながら可笑しくなった。大きな声で笑ってみたくなった。が次に、何とも云いようのない憂鬱に襲われた。

秋子も順一も自分自身も、どうとでもなるようになるがいい!

彼は畳の上にごろりと寝転んで、順一に腕枕をさして抱きながら、ぼんやり天井を眺めていた。