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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

「中央公論」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页

青空文庫

けれど、翌朝、朝日の光が縁側に当ってる頃、秋子がかすかな微笑を浮べたのを見た時、また彼女が平気で鶏卵の黄味をすすったのを見た時、順造は思わず飛び上った。

勝利だ、勝利だ!

何とはなしにそういう気がした。

秋子ははっきり眼を見開いていた。精神が澄み切ってるらしかった。散らかってる床の間の上を片付けてくれと云った。敷布団が湿ってるから取代えてくれと云った――そのことは看護婦になだめられて諦めた。この次から薬にもっと単舎を入れて貰うように、医者に頼んでくれと云った。氷嚢の角が痛いと云った。今日は幾日かと尋ねた。

順一の泣声が聞えると、此処に連れて来てくれとせがんだ。竜子がそれを抱いてきた。秋子はじっと順一の顔を眺めた。それから眼を外らして、暫くすると、竜子にとも順一にともなく云った。

「あちらで遊んでいらっしゃい。」

けれども、二三時間たって、順一の声が聞えると、彼女はまた連れて来てくれと云った。

「あなたみてきて下さいよ。」と順造に云うこともあった。

順造は立ち上って、順一の方をみに行く風をしながら、茶の間に屈み込んだ。暫くぼんやりしてると、看護婦から呼ばれた。