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おたか

御鷹

吉川 英治

「オール讀物」文藝春秋、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,767 字 · 18 页

青空文庫

お悦は、涙がとまってしまった。炎に水をかけられた気がしたのである。角三郎の顔を初めて凝と見つめたが、いつもの彼のように賢い修養が冷然としている。何の変りもないその人なのだ。

『行こうか』

と、云う。

だが、お悦は、動けなかった。その人に従いて行くよりも朱まみれの死骸へ眼を奪われていた。死骸の背には二太刀ほど、大きな後ろ傷が負わせてある。これが、角三郎の手で負わせた勝利の傷だろうか?

お悦は、ふと思い出していた。――今、ここへ来る途中の林で行きちがった三、四名の若侍たちの姿を。

――騙し討に?

(しかも、助太刀を恃んで……)

お悦は、身ぶるいが出た。彼女の血潮の中に胎養されつつある肉塊は、そのとたんに、まだ母体のうえに変化という程な相も持たないのに、どこかで、悲鳴を揚げているようだった。切りさいなまれてそこに絶息している人間と同じ痛みを感じるように、のた打ち廻っているのであった。

『馬鹿』

角三郎は、振向いて――

『何を泣いているんだ。もう話は済んでいる。――世間が知った事じゃなし……。早く来い』

今日までお悦に見せなかった性格の端を、角三郎はちらと見せ出した。