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あくりょう

悪霊

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1933(昭和8)年11月~1934(昭和9)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,980 字 · 67 页

青空文庫

龍ちゃんの場合は、その霊魂は織江さんという女性に極まっている。いつの世いかなる生活を営んでいた女性なのか、誰も知らない。ただ織江さんという名を持つ、一つの魂なのだ。

黒川先生の陰気な声が、二三度その名を繰返すと、やがて、いつもの様に、闇の中に苦しげな呼吸が聞えて来た。殆どうめき声に近い荒々しい呼吸。龍ちゃんの肉体の中に、全く別の魂が入り込んで、それが龍ちゃんの声帯を借りて物を云おうとする。痛ましい苦悶なのだ。僕はこれを聞く度に、降霊実験は外科手術と同じ様に、或はそれ以上に残酷なものだと感じないではいられぬ。

併しこの苦悶は長く続く訳ではなかった。今にも死に相な息遣いが、突然静かになると、喰いしばった歯と歯の間から漏れる様な、シューシューという異様な音が聞え始める。まだ言葉になり切らない魂の声だ。

彼女は何か云おうとあせっている。時々人の言葉の様な調子にはなるけれど、熱病患者の譫言の様に、舌がもつれて意味がとれぬ。真暗な部屋で、全く理解の出来ない、しかも意味ありげな声を聞くのは、決して気味のよいものではない。聞いている方で、ふと俺は気が違ったんじゃないかしらという、変てこな錯覚を起すことさえある。