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おろかないちにち
愚かな一日
豊島 与志雄
「太陽」1920(大正9)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,045 字 · 29 页
もし自分一人だったら、あれほどよくは訪ねて来てくれないかも知れない。少くとも妻が居ることは、自分一人でいるよりも瀬川にとっては快いことに違いない。自分の経験から云っても、下宿に一人で転ってる友人を訪れるのよりは、若い妻君の居る友人を訪れる方が気持ちがいい。そして……。
その時、白いエプロンをかけた妻の姿が現われた。彼は夢のようなぼんやりした気持ちでその方を眺めやった。
「秀子さんから何と云って来ましたの?」と彼女は云った。
彼は俄に夢想から外に放り出されたまま、一寸答えの言葉も口から出て来なかった。
「一寸拝見。」
そう云って彼女は手祇を読んだ。
「まあ嬉しいこと。ほんとに二人で来て下さるといいわね。」
「うむ。」と後は機械的に返事をした。
妻がまた台所の方へ立って行くと、彼は自己嫌悪に近い苛ら立った気持ちになった。余りに馬鹿馬鹿しい考えに、(而も余りに馬鹿々々しいため却って油断してはいけないような考えに、彼は一種の憤激を感じた。そしてその憤激のやり場を求めるように、「病気がいけないのだ、長い退屈な病気がいけないのだ、」と彼は心のうちに叫んだ。然しそれでも、心の底に軽い憤懣の念が動くのを、どうすることも出来なかった。