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おろかないちにち

愚かな一日

豊島 与志雄

「太陽」1920(大正9)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,045 字 · 29 页

青空文庫

――兎に角早く病気を治すことだ、と考えて彼はしいて心を落着けようとした。もし馬の脊髄が結核に効果があるなら、それを注射しても構わない。

然しその時彼の頭に浮んだ馬は、胴の毛と尾とを短く刈り込み、足には鉄蹄をつけ、鬣を打って嘶く、逞しい乗馬ではなかった。惨めな老いた駄馬であった。身体中にはむく毛が渦を巻いてい、長い尾の先はよれよれになって赤茶け、足には草鞋をはき、首を前方につき出し、光りの失せた眼を地面に落し、口からは泡を垂れながら、重い荷を引いてことりことりと、淋しい街道を辿っていた。

彼は不快な気分になった。その不快の中に深入りしないために、新聞紙を取り上げて、面白くもない記事に隅々まで眼を通した。それからしまいには、囲碁の処を狭く折り畳んで、その布石の順序を一々辿っていった。

瀬川が戻って来た時は、もう日も陰りかけ、食事の用意も出来上っていた。

「海はいいね。」と瀬川は云った。「僕はまだ、大空のような芸術というのは信じられない。然し、海のような芸術、或は山のような芸術というのは、信じられるような気がする。そういう芸術ならあり得るような気がする。