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わがやのらくえん

我が家の楽園

久生 十蘭

「オール読物」1953(昭和28)年1月〜6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 90,195 字 · 175 页

青空文庫

「御座った頭にはかなわない」

などと、つぶやいていたが、それはこちらの認識不足で、千々子さまは、そうして見事に釣りだしに成功した。とても凡慮の及ぶところではなかった。

その日も、家裏のほうから、千々子さまの鼻唄がきこえていた。百々子が行って見ると、千々子さまは、いつかの日、シュラー氏からもらったという、内股のところに Forget me not(あたしを忘れないで)という横文字の刺繍のある、ご自慢の絹の半腿引を干物繩にかけ、ヤンマの飛ぶのを、漠然と眼で追いながら、世にいう低能声で、間伸びのした歌をうたっているようだったが、そのうちに、そろそろと地境のほうへ行って、垣根の破れ目からのぞいていたミドリさまの腕をつかんで、グイとこちらの地内へひきずりこんだ。

うるさく電話をかけておいて、急にやめると、相手は不審に耐えられなくなって、こちらの動静をさぐりにくるはずだ、という、ややこしい心理の計算は、一種、霊妙な感じで、はっとさせるが、よく考えてみると、やはり、どこか尋常でないところがある。

百々子の感慨などに関係なく、千々子さまとミドリさまは、ダンスでもしているような恰好で、うまいこと掴みあったまま、枸杞の垣根のそばから物干場のほうへ移ってきて、残忍ではないが、なにかむごたらしい、終りのないようなアナーキーな喧嘩