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われにそむく
我に叛く
宮本 百合子
「太陽」1921(大正10)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,414 字 · 59 页
毎晩、夕飯を済すと、彼等は一つの灯の下に顔を揃えた。そして、開け放した庭から流れ込む沈丁花の香の漂う柔かな夜気を肌に感じながら、旅程を検べ、土産物の相談をし、留守番のしがくをすることが、共通の愉しみとなったのである。
それにも拘らず、愈々決定するとなると、ゆき子は心の渋るのを感じた。
決して、×県に行くのが厭だというのではない。併し、行かなかったら、もっと自分の心に、生活に、直接な悦びが獲られはしないかという逡巡が、段々頭を擡げ始めたのである。ゆき子は、文筆に携る仕事をしていた。丁度、その時分、長い辛い仕事が目前に控えていた。彼女は、もう半年もその一つに掛り切っていたのである。が、僅に緒にほか付かないその仕事は、まるで恐ろしい怪物のように、ゆき子の手に負えなかった。ただ、捗取(はかど)らないというばかりではない。何か、彼女が嘗て経験しなかった精神的無力が、それにかかってから彼女の心を暗くし始めているからである。
しばしば身も世もあられないような絶望が、ゆき子を襲った。が、恐ろしければ恐ろしいほど、苦しければ苦しいほど、彼女はその仕事に対する執着を捨て兼ねた。