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あるおんな

或る女

有島 武郎

1(前編)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,981 字 · 295 页

青空文庫

たとえば高くつるした大石を切って落としたように、過去というものが大きな一つの暗い悲しみとなって胸を打った。物心を覚えてから二十五の今日まで、張りつめ通した心の糸が、今こそ思い存分ゆるんだかと思われるその悲しい快さ。葉子はそのむなしい哀感にひたりながら、重ねた両手の上に額を乗せて手欄によりかかったまま重い呼吸をしながらほろほろと泣き続けた。一時性貧血を起こした額は死人のように冷えきって、泣きながらも葉子はどうかするとふっと引き入れられるように、仮睡に陥ろうとした。そうしてははっと何かに驚かされたように目を開くと、また底の知れぬ哀感がどこからともなく襲い入った。悲しい快さ。葉子は小学校に通っている時分でも、泣きたい時には、人前では歯をくいしばっていて、人のいない所まで行って隠れて泣いた。涙を人に見せるというのは卑しい事にしか思えなかった。乞食が哀れみを求めたり、老人が愚痴をいうのと同様に、葉子にはけがらわしく思えていた。しかしその夜に限っては、葉子はだれの前でも素直な心で泣けるような気がした。だれかの前でさめざめと泣いてみたいような気分にさえなっていた。