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あるおんな
或る女
有島 武郎
1(前編)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,981 字 · 295 页
葉子はそれをひどく不快に思った。
「急に寒い所に出ましたせいですかしら、なんだか頭がぐらぐらいたしまして」
「お嘔しなさった……それはいけない」
田川博士は夫人の言葉を聞くともっともというふうに、二三度こっくりとうなずいた。厚外套にくるまった肥った博士と、暖かそうなスコッチの裾長の服に、ロシア帽を眉ぎわまでかぶった夫人との前に立つと、やさ形の葉子は背たけこそ高いが、二人の娘ほどにながめられた。
「どうだ一緒に少し歩いてみちゃ」
と田川博士がいうと、夫人は、
「ようございましょうよ、血液がよく循環して」と応じて葉子に散歩を促した。葉子はやむを得ず、かつかつと鳴る二人の靴の音と、自分の上草履の音とをさびしく聞きながら、夫人のそばにひき添って甲板の上を歩き始めた。ギーイときしみながら船が大きくかしぐのにうまく中心を取りながら歩こうとすると、また不快な気持ちが胸先にこみ上げて来るのを葉子は強く押し静めて事もなげに振る舞おうとした。
博士は夫人との会話の途切れ目を捕えては、話を葉子に向けて慰め顔にあしらおうとしたが、いつでも夫人が葉子のすべき返事をひったくって物をいうので、せっかくの話は腰を折られた。