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ぬきうちししべえ
抜打ち獅子兵衛
山本 周五郎
「講談雑誌」大日本雄辯會講談社、1940(昭和15)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,930 字 · 24 页
編笠を冠っているから人品年頃は分らないが、衣服も大小も立派な、いずれ相当な身分と思われる人柄である。
獅子兵衛は床几に掛けたまま、
「勝負をお望みなさるか」
と声を掛けた。
相手は縄張の中へ入ると、笠の前を少しあげながら返事もせずにしばらく佇んでいたがやがて、静かな声で、
「いや、……勝負は望み申さぬ」
と答え、くるりと踵を返して、ふたたび人垣のなかへ戻ってしまった。
鳴を鎮めていた見物人たちは、この有様を見て期待を裏切られたらしく、臆病者とか敵に後を見せるとか、金一枚が惜しくなったのだろうとか、無遠慮に罵詈やら嘲笑を浴びせかけたが、……獅子兵衛の顔色が少し変ったことに気付いた者はなかった。
詰らぬ飛入りがあったきりで、今日はもうこれでおしまいかと思われた時、今度は見物人を充分に堪能させる客がやってきた。
「おい見ろ見ろ、松平の鬼若様だ」
「しめた、とうとうお出ましか」
「今日まで現われなかったのが不思議なくらいだぜ、こいつはいよいよ関ヶ原だ」
「道をあけろ道をあけろ」
群衆の歓声を浴びながら、三人の供を伴れた立派な若者が縄張の中へ入ってきた。
出雲国広瀬三万二千石、松平壱岐守の子で虎之助、その年二十一歳、色は少し黒いほうだが、御連枝の気品は争えぬ威厳を備えている。