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しんどうま

振動魔

海野 十三

「新青年」博文館、1931(昭和6)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,354 字 · 34 页

青空文庫

柿丘はホッとして押釦から指尖を離した。

夫人は真直に歩いて片隅へまで行ったが、やがてそのまま柿丘の方へ帰ってきた。

「ねえ、このお部屋に、御不浄はないのですか?」

夫人は顔をすこしばかり顰め、片手を曲げて下ッ腹をグッと抑えるようにしていた。その言葉を聞いた柿丘は、頭がグラグラとするのを覚えて、思わず、手尖にあたった実験台の角をギュッと握りしめたのだった。そして、言葉も頓に発し得ないで、反対の側の片隅を、無言の裡に指した。そこには黒い横長の木札の上に、トイレットという文字が白エナメルで書きしるされてあった。

雪子夫人は、吸いつけられるように、その便所の扉の方に歩みよった。

柿丘は、化物のような大口を開いて、五本の手の指をグッと歯と歯の間にさし入れると、笑いとも泣いているとも分つことの出来ないような複雑な表情をして、ワナワナとその場にうち震えていた。

バタンと、荒っぽく便所の扉のしまる音がして、雪子夫人がヨロヨロと立ち現れた。その面色は蒼白で、唇は紫色だった。ひょいと見ると夫人は右手に何かをぶら下げているのだった。

「秋郎さん」夫人の空虚な声が呼びかけた。