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にぎったて

握った手

坂口 安吾

「別冊小説新潮 第八巻第六号」1954(昭和29)年4月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,293 字 · 23 页

青空文庫

眼は学者のものになりロイド眼鏡と一つになってケンビ鏡のように冷徹に哀れな生物を観察しはじめたのである。

「いつから、そう見えるんですか」

「アナタの手を握った翌日か、翌々日ぐらいからです。ボクは翌日約束の場所――いえ、アナタがケダモノをだますために仰有ったのですが、ボクはその場所へ行きましてアナタの姿が見えないので、それで次第に自分がケダモノにすぎないということに気がついたのですが、しかし、ボクは誰に対しても再びあのような失礼は犯さないつもりです。しかし、アナタの手を握ったケダモノの手はあの時以来、また永遠に消えないのです。こうして、お詫びしても消えないかも知れません」

「目に見えるのですか」

「まさか。ボクは狂人ではないのです。幻視ではありませんよ。ただ思いだすと、すくむのです。絶望するのです」

「狂人ではないと思いこんでいますか」

「むろん、そうです。ボクは平凡な、むしろ無能者にちかい平凡人です。もう悪いことすらできないような無能者なんです。ですから、せめて罪のお詫びだけしておきたかったのです」

「ずいぶん汗がでてますね。駈けたんですか」

「いえ。お詫びしたいために、こんな風に汗がでてくるのです。