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にぎったて

握った手

坂口 安吾

「別冊小説新潮 第八巻第六号」1954(昭和29)年4月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,293 字 · 23 页

青空文庫

松夫は水木由子に追いついて、よびとめた。脱帽すると、彼の頭も額も汗でいっぱいで、それは益々無際限に溢れたって湯気をふいた。赤面してオドオドし、いまにも卒倒しそうな様子である。革命時の颯爽たる武者ぶりにひきかえ、あまりにもサンタンたる有様であるから、水木由子は落ちついて上から下まで彼を観察する余裕を得ることができた。

「ボクのケダモノの手について、お詫びしておきたかったのです。たぶん、お目にかかるのはこれが最後でしょうから、この機会を逃すと、ボクは一生、ケダモノの手に苦しまなければならないのです」

「ケダモノの手?」

「そうです。それがボクの表現です。いえ、ボクの実感なんです。そのために苦しんでいます。その苦しみはいまアナタにお詫びして許していただくことができても消えないかも知れませんが、この機会にお詫びせずにいられなかったのです。ボクはアナタの手を握ったことで苦しんでいます。そのボクの手が毛だらけのケダモノの手に見えるのです。これほど絶望的なことはありません」

水木由子のロイド眼鏡に筋金がはいってピンとはりきったような感じがした。つまり松夫の話の途中から、彼女は女ではなくなって、心理学者に変ったのである。