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ほうろうき(しょしゅつ)
放浪記(初出)
林 芙美子
「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 103,349 字 · 207 页
此まゝ消えてなくなりたい今の心に、じっと色々な思いにむせている事がたまらなくなって、私は厭なコロロホルムの匂いを押し花のように鼻におし当てた。
十一月×日
遠雷のような汐鳴りの音と、窓を打つ※(「金+肅」、第3水準1-93-39)々たる雨の音に、私がぼんやり目を覚ましたのは、十時頃だろうか、コロロホルムの酢の様な匂いが、まだ部屋中流れているようで、私はそっと窓を開けた。
入江になった渚に、蒼い雨が煙っていた。しっとりとした朝である。母屋でメザシを焼く匂いがプンプンする。
昼から、あんまり頭がズキズキ痛むので、娘と二人黒犬を連れて、日在浜に出て見る。
渚近い漁師の家では、女子供が三々五々群れて、生鰯を竹串につきさしていた。竹串にさゝれた生鰯が、兵隊のように並んだ上に、雨あがりの薄陽が銀を散らしていた。
娘は馬穴にいっぱい生鰯を入れてもらうとその辺の雑草を引き抜いてかぶせた。
「これで拾銭ですよ。」
帰えり道、娘は重そうに馬穴を私の前に出してこう云った。
夜は生鰯の三バイ酢に、海草の煮つけに生玉子、娘はお信さんと云って、お天気のいゝ日は千葉から木更津にかけて、魚の干物の行商に歩くのだそうな。