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ほうろうき(しょしゅつ)

放浪記(初出)

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 103,349 字 · 207 页

青空文庫

」男は、自分の腕時計を床の上に投げると、そゝくさと町へ出てしまった。

私は、ぼんやりと部屋で、しゃっくりを続けながら、高価な金色の腕時計を、そっと腕にはめてみた。涙がダボダボあふれた。

東京で苦労した事や、裸で門を壊していた昼間の職工達の事が、グルグルして、時計の白い腹を見ていると目が廻りそうだった。

六月×日

宿の娘と連れだって、浜を歩く、今日で一週間になる。

「くよくよおしんな。」私は何もかもメンドくさくなって、呆然としていると、宿の娘は心配してくれる。

何も考えてやしない。何も考えようがない。

昨日は東京のお母さんへ電報ガワセを送ったし、私はこうして海の息を吸っているし、男がハラハラしようとしまいと、それはお勝手。私から何もかもむさぼり取った男なんだから、此位のコワガラセが何だろう。――尾道の海辺で、波止場の石垣に、お腹を打ちつけては、あの男の子供を産む事をおそれたが、今日はいじらしいお伽話だ。

昨日の電報ガワセで、義父や母が一息ついてくれゝばいゝ、キラキラした浜辺を、洗い髪をなびかせながら歩いていると、町で下駄屋をしている男の兄さんが、オーイオーイと後から呼びかけて来た。