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ほうろうき(しょしゅつ)

放浪記(初出)

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 103,349 字 · 207 页

青空文庫

「こんな雨じァ道へ出る事も出来ないわね。」

松つぁんは沈黙って煙草を吸っている。

だが、こんな善良そうな男に、こんな芝居よりもうまうまとしたコンタンはあり得ない。

スイスイとしたいゝ気持だった。

雷も雨も、破れるように響いてくれ。

自動車は雨に打たれたまゝ夜の櫟林に転がってしまった。

私は男の息苦るしさを感じた。機械油くさい葉っぱ服に押されると、私はおかしくもない笑いがこみ上げて来た。

十七八の娘でもあるまいし、私は逃げる道を上手に心得ておりまする。私が男の首に手を巻いて言った事は、

「あんたは、まだ私を愛してるとも何とも言わないじゃないの……暴力で来る愛情なんて、私大嫌いさ、私が可愛かったら、もっとおとなしくなくちゃ厭だよだ。」

私は男の腕に女狼のような歯形を当てた。

私は胸が迫った。男の弱点と、女の弱点の闘争だ。

雷と雨……夜がしらみかけた頃、男は汚れたまゝの顔で眠っている。ふゝんハイボクの兵士か!

遠くで青空をつげる鶏の声がする。朗らかな夏の朝、昨夜の情熱なんかケロリとして、風が絹のようにしゅうしゅう流れている。

此男があの人だったら……コッケイな男の顔を自動車に振り捨てたまゝ私は泥んこの道に降りた。