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ほうろうき(しょしゅつ)
放浪記(初出)
林 芙美子
「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 103,349 字 · 207 页
私はじっと脊を向けて寝ている男の髪の毛を見ていた。
あゝこのまゝ蒲団の口が締って、出られないようにしたら……。
――やい白状しろ!――なんて、こいつにピストルでも突きつけたら、此男は鼠のようにキリキリ舞いしてしまうだろう。
お前は高が芝居者じゃあないか。インテリゲンチャのたいこもちになって、我々同志よ! もみっともない。
私はもうお前にはあいそがつきてしまった。
お前さんのその黒い鞄には、二千円の貯金帳と、恋文が出たがって、両手を差出していたよ。
「俺はもうじき食えなくなる。誰かの一座にでもはいればいゝけど……俺には俺の節操があるし。」
私は男にとても甘い女です。
その言葉を聞くと、サンサンと涙をこぼして、では街に出ましょうか。
そして私は此四五日、働く家をみつけに、魚の腸のように疲れては帰って来ていたのに……此嘘突き男メ! 私はいつもお前が用心して鍵を掛けているその鞄を、昨夜そっと覗いてみたのだよ。
二千円の金額は、お前さんが我々プロレタリアと言っている程少くもなかろう。
私はあんなに美しい涙を流したのが莫迦らしくなった。
二千円と、若い女優がありゃ、私だったら当分長生きが出来る。