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しゃよう

斜陽

太宰 治

「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页

青空文庫

やすんでいらっしゃるお母さまのお顔は、ちっとも病人らしくなかった。眼は美しく澄んでいるし、お顔色も生き生きしていらっしゃる。毎朝、規則正しく起床なさって洗面所へいらして、それからお風呂場の三畳でご自分で髪を結って、身じまいをきちんとなさって、それからお床に帰って、お床にお坐りのままお食事をすまし、それからお床に寝たり起きたり、午前中はずっと新聞やご本を読んでいらして、熱の出るのは午後だけである。

「ああ、お母さまは、お元気なのだ。きっと、大丈夫なのだ」

と私は、心の中で三宅さまのご診断を強く打ち消した。

十月になって、そうして菊の花の咲く頃になれば、など考えているうちに私は、うとうとと、うたた寝をはじめた。現実には、私はいちども見た事の無い風景なのに、それでも夢では時々その風景を見て、ああ、またここへ来たと思うなじみの森の中の湖のほとりに私は出た。私は、和服の青年と足音も無く一緒に歩いていた。風景全体が、みどり色の霧のかかっているような感じであった。そうして、湖の底に白いきゃしゃな橋が沈んでいた。

「ああ、橋が沈んでいる。きょうは、どこへも行けない。