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しゃよう

斜陽

太宰 治

「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页

青空文庫

とおかみさんは、落ちついて言う。

「ダンスのほうが、すきになったんですって。ダンサアの恋人でも出来たんでしょうよ」

「直さんたら、まあ、お酒の上にまた女だから、始末が悪いね」

「先生のお仕込みですもの」

「でも、直さんのほうが、たちが悪いよ。あんなお坊ちゃんくずれは、……」

「あの」

私は微笑んで口をはさんだ。黙っていては、かえってこのお二人に失礼なことになりそうだと思ったのだ。

「私、直治の姉なんですの」

おかみさんは驚いたらしく、私の顔を見直したが、チエちゃんは平気で、

「お顔がよく似ていらっしゃいますもの。あの土間の暗いところにお立ちになっていたのを見て、私、はっと思ったわ。直さんかと」

「左様でございますか」

とおかみさんは語調を改めて、

「こんなむさくるしいところへ、よくまあ。それで? あの、上原さんとは、前から?」

「ええ、六年前にお逢いして、……」

言い澱み、うつむき、涙が出そうになった。

「お待ちどおさま」

女中さんが、おうどんを持って来た。

「召し上れ。熱いうちに」

とおかみさんはすすめる。

「いただきます」

おうどんの湯気に顔をつっ込み、するするとおうどんを啜って、私は、いまこそ生きている事の侘びしさの、極限を味わっているような気がした。