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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
10 第十分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页
さすらい人
「いかにわしでも、美しいおとめの前では、ちとしかねる話だから」
いわれて、清左衛門は気がついた。
いつのまにか、於通が来て、坐っていたのである。ほの白い顔に、燈火のまたたきをうけながら、漸蔵主の露骨なはなしにも、とんと無風の花の枝のような静けさで――。
「や。ここにも、慧春尼がひとりいた」
清左衛門は、ほんとに、びっくりしたような声でいった。
さすらい人
――鳥瞰して、視界のかぎりを、ここから見渡すと。
尾濃一円の平地には、網の目のような交通路と、静脈動脈にも似た大小の河川と、周囲の山岳地方からちぎれて飛びわかれているかのごとき丘陵と、無数の村落と、それから碁石の利きどころにも似た要所要所に町があり、また城がある。
郷、郡、国の境界は、それらの小都会の城地を中心に、複雑な勢力の入りくみかたをして、その分布をたしかに見分けるのはむずかしい。
朝に移り、夕べに変じ、どこはなにがしの何領といっても、忽ち領有権のかわること、四季の移りより早いからである。それをふつうとし、住む者も、異としていない地上だった。
天正十二年三月初め頃におけるこの一帯は、まさにそうした分布変動の直前にあった。