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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
10 第十分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页
銀母屋の蚊遣り炉からのぼるその燻煙がその姿を巻いている。
「いけませぬ」
彦右衛門が答えると、あらまし、それとは知っていたように、秀吉も、
「だめか」
といった。
「ひとえに、首を刎ねられ候えとのみ、どう諭しても、玄蕃の心はかたく、一切、余事を申しませぬ」
「そちがいうてみても、それのみとあれば、なお強いるは、情けであるまい」
秀吉は、ふっと、あきらめ顔に、顔の筋を解いた。
「せっかくの思し召も、よう使いを果し得ませんで……」
彦右衛門は、調わぬ使命を、ふつつかとして詫びた。
「詫びには及ばぬ」
秀吉は却って、なぐさめた。
「――囚われの身となるも、利にうごかず、筑前に屈せず、玄蕃の節義見事よ。その骨ぶし、面だましいこそ、秀吉が惜しむものなれど……これや無理なはなしじゃ。……もし彼がそちに説かれて、筑前の前に節を変じて来たら、その姿を見ると共に、秀吉の愛惜は失せるやもしれぬ」
「おそらく、左様なことになりましょう」
「ははは。そちも武門、そこまでのことが、肚の底に分っていては、無態に、玄蕃を説けぬのもむりはない」
「おゆるし下さいまし」
「なんの、大儀大儀。……が、玄蕃は、ほかに何も申さなかったか」